2015年 3月 & 4月

ラオ・フレンズ小児病院(LFHC)が開院して2か月が経過しました。どうなることかと思っていましたが今日まで頑張っています。そして、日々前進の毎日です。



外来診療での笑顔も板についてきましたね


ケアもスムーズ


待合所

2月11日に開院してから4月末までの外来診療患者数は2,553人。そのうち再診患者さんは200名を超えました。1日平均44名。入院病棟がオープンしていないために、重症な患者さんは隣接する県立病院へ搬送されます。これまで、全体の約3%の患者さんが搬送されました。 待合所には大きなスクリーンが寄贈され、順番を待つ子どもたちはアニメーションに見入っています。ご家族も安心して安眠?(笑)


280

ラオス人スタッフによる症例発表も堂々としてきました

280

早く診療が終わった時には、待合所でお勉強!

待ちに待ったユニフォームが届きました。ネイビーブルーがドクター、グリーンがナース、ライトブルーが検査技師・薬 剤師・レントゲン科で、ハウスキーパーさ んはパープル。セキュリティさんはお決まりのタイプですが、ブルートップ。受付、管財課などはロゴ入りシャツです。村へ出向くアウトリーチは、ロゴシャツでもユニフォームでもOK!こうしてユニフォームが決まると、プロフェッショナルな印象になりますね。スタッフたちの動きも、心持ちテキパキ。いいですね~。


左からナース、ドクター、薬剤師


ハウスキーパーさん


セキュリティさん

ラオス人男性スタッフはお料理上手です。といっても、この写真は自分のご飯を作っているのではないですよ。栄養失調の患者さん用に、高たんぱく高カロリーの“ふりかけ”を調理中です。ピーナツ、緑豆、大豆をこんがり茶色になるまでカラカラに炒り続け、その後石臼で打って、さらにもう一度炒り、パラパラになったら出来上がり!これをスープに入れるもよし、もち米に付けるもよし。香ばしい香りが漂い、見物人も増えてきたので、試食をしてもらいました。「ん~、まずまずうまい」って言っていました。(笑)


お得意顔!


炒って、炒って~!


こうやってしっかりと打つ!

ノイは4歳の女の子です。ルアンパバーン市内から車で1時間ほどの村に住んでいます。ノイは生まれつき両方の耳がありません。両方の耳介はつぶれたようになっていて、耳の穴が塞がっています。ノイが生まれた時に自宅でのお産をお手伝いしてくれた伝統的産婆さんから耳がないことを告げられましたが、将来的に何が必要なのか、何が起こる可能性があるのかなど、その他の情報は全くありませんでした。

お母さんはとても心配してノイを何度か病院へ連れて行きましたが、「ラオス国内では手の施しようがない。タイならば可能かもしれない」と言われました。ただ、手術には聴力を失うというリスクがあることも告知されました。ノイの家族は一度はタイへ連れて行こうかと考えたのですが、経済的な事情で、実際には連れて行くことができませんでした。

ノイは耳以外には特に問題なく成長し、お母さんによれば「1〜2メートルの距離からならば聞こえているようで、会話も問題ない」とのことでした。実際に私たちの目の前で家から出て行こうとしている時にお母さんが呼びかけると、振り返りニッコリと笑っていました。今、お母さんが一番心配なのは、ノイ が学校へ通うようになった時に、通学途中で背後からの車の音が聞こえず危険にさらされるのではないか、ということだそうです。

お母さんは、ノイを予防注射のために病院へ連れて行った時のことを話し始めました。待合所で待っていると、周囲の人たちがノイの耳に気が付き、あれこれと興味本位で質問を浴びせてきたのだそうです。とても心が痛み、それ以降、ノイを人が多くいる場所へは連れて行かないと心に決め、今日までその気持ちは強く心に残っているといいます。予防注射にも連れて行かないと決めてしまいました。ここまで話し、お母さんがこれまで抱えていたものが堪え切れなくなったのでしょう。目からは大粒の涙があふれてきました。

ラオ・フレンズ小児病院(LFHC)のアウトリーチチームは、お母さんからの情報とノイの写真を提示して、FWAB JAPANの理事でもある耳鼻科の大村医師に相談してみました。大村理事からの返信は、次のようなものでした。1.聴力検査ができるところを探し、検査をする。2.骨導補聴器がノイには最適であろうと思われる。外科的治療は、術後の聴力喪失のリスクを考えると勧められない。3.耳介は形成的に手術可能だが、いずれにしても12歳くらい になるまでは待たなければならない。ただし、この手術は簡単なものではないため、あまり勧めたくはない。

これらの回答をもとに、ノイの家族と話し合いをして、今後のプランを立てることにしました。まずは、聴力検査ができるところを探すことから開始です。 4年間、ノイの耳に関しては誰も何もできずにいました。家族の心配は未だ残されていますが、LFHCがノイの将来のために“何か”できないかを模索する支援を始めます。


ノイちゃんとママ


のどかなノイちゃんの村

開院して2ヵ月以上になり、段々と海外からのお客様が増え、LFHCが初高校生のゲストをお迎えしました。

茨城県にある私立茗溪学園高校の1年生と2年生。国際協力に興味のある学生さんを募り、学校のカリキュラムの一環として、ラオスへいらしたのだそうです。とーい、とーい昔の自分、高校生時代を思い出して比べると、私はまるで赤ちゃんみたいでしたね。彼女たちのしっかりと将来を見据えた姿勢に拍手です!


ぴちぴちの高校生に交じって、真っ黒なおばさんが目立つ(汗)

こちらも日本からのお客様。でも、単なるお客様ではなく、お仕事していただいています。ITのボランティアで2ヵ月。日本とラオスではネット環境も違いますし、コミュニケーションも大変ですが、頑張っていただいています。




こちらは日本国内の応援団。毎年恒例の、私の同級生が集う“赤いしっぽの会”チャリティバザーです。私の出身地千葉県松戸市の常盤平~八柱にある桜通りでは、毎年4月1週目の週末は桜まつりと決まっています。その時に合わせて小中の同窓生がバザーを開催し、その売上金をFWABへ寄付してくださっています。40年前の話に花を咲かせながらワイワイと、今年は私も参加できました!今回の写真には“きれいな”女子のみですが、40年前はスーパ ースターだった男子も2名おりました(笑 みんないいおじさんになっておりますけどね)。

少しずつ、このバザーの知名度が上がっている気がします。お友達から聞いて来たという可愛い姉妹は、わざわざ家へ戻ってたくさんのおもちゃを寄付してくださいました。ありがとう!さっそく、たくさんの子どもたちへ配っていますよ。とても喜んでいます。皆さんのご協力に感謝、感謝。


ラオスグッズがメインです。募金箱設置も完了!


40年前の女子児童!さらにパワーアップ


おもちゃを届けてくれました~

TV取材が来ました。2週間近く一緒にあちらこちらへ出かけ、時には私からの逆取材も(笑)!取材が進むにつれてすっかり仲良くなり、皆さんの帰国後は、なんとな~く寂しい気分になりました。全く予期していなかったけれど、今回の取材が、個人的にずっと引っかかっていた『のど元の小骨』を取るきっかけにもなってくれ(ひと山越えた気分です!)、この機会をいただいたこと、新しい出会いをいただいたことにとっても感謝しています。取材の詳細はまだ口外無用なので、もうしばらくお待ちくださいませ。


お料理を作っているところを撮影・・・しているふり(笑)


撮影後に皆さんもご飯。リアクション大きすぎて嘘っぽい表情に注目!(笑)


村の中に不審な日本人がゾロゾロ・・・?


最後に記念撮影。さみし~!

さて、今回のラオスあれこれは、Pi Mai Lao(ラオス正月)です。昨年はとにかく初めてのラオス正月だったので、メインイベントのパレ ードを撮らねばと準備万端、眺めの良いレストランを予約したのですが、今年は個々の家庭がどんなことしているのかしら??ということにテーマを絞り、あるご家庭の新年パーティーにお呼ばれしました。そして、今年も『水!水!水!』です。


街の中はカラフル~


100メートルで全身水浸しになりました


水鉄砲屋さんは大繁盛


私もドボン!


お婆ちゃんもドボン!


お子ちゃまたちもドボン、ドボン!


病院が開院してあっという間の2ヵ月でした。でも、たくさんの出来事があり、書ききれないほどです。前進していることの証明だなと実感します。まだ外来しか開いていないのに、こんなに盛りだくさんなのですから、入院病棟や手術室が始まったら毎回の『出来事』が本になりそうですね。また次回をお楽しみにしていてください!


  フレンズ・ウィズアウト・ア・ボーダーJAPAN 副代表
  ラオ・フレンズ小児病院 看護師               赤尾 和美


このページの先頭へ