2015年11月 & 12月

2015年は、追い込みでたくさんの出来事がありました。その中でも救急外来のオープンは大きな前進でした。

ラオ・フレンズ小児病院(LFHC)の入院病棟がオープンし、だいぶ落ち着きを取り戻してくるだろうと思われた11月に焦点を当てて、救急部門のオープンを目指し、計画が立てられました。ただ病室をオープンするだけならば機材を取りそろえればよいだけですが、救急の対応ができる『態勢』を整えるには、スタッフへの教育が最重要事項です。新しい機械の使い方、想定される状況や対応方法を理論と実践で教育します。救急の場面では特に見過ごしがちな医療倫理、コミュニケーションにも時間をかけました。とはいっても、まだ経験したことのないことですから、未知なことへの学習です。これをもとに実際に患者さんが来院し経験することから多くを学ぶことになると思います。



シミュレーション実施中



心電図モニター装着をピンクパンサーで練習中



実践練習の後には、教室で振り返りの時間です


たくさんの講義と練習を積み重ねて、いよいよ救急部門オープンの日を迎えました。朝一でスタッフ全員が集まり、院長からの正式オープンのあいさつと共にスタートです。これまで習ってきたことを実践するんだという自信と緊張がスタッフからみなぎっていました。この救急部門がオープンすることにより、ラオ・フレンズ小児病院は24時間態勢で患者さんを受け入れるようになり、より多くの様々な病状の患者さんの受け入れが可能となりました。スタッフのスキルとキャパシティーが日々アップしたことで、救急部門のオープンと同時に、お隣の県立病院で行われた20件以上もの術後の患者さんの受け入れも開始し、さらにケアの幅を広げています。



いよいよオープンの朝。スタッフ全員集合の気合い入れ!



初日担当のナースもガッツポーズ!


院内の活動は、日々劇的な進歩を遂げ、目に見えてその成果が現れています。院外の活動も、地道ではありますが、着実に小さな命を守り始めています。LFHC の訪問看護プログラム活動を知った郡病院から「ぜひ訪問してもらいたい家庭がある」と紹介されたHちゃんの症例をご紹介します。

紹介された理由は、『この家庭のお母さんは8人の子どもを出産したが、7人死亡してしまい、現在3か月のHちゃんも小さい』ということでした。8人のうち7人が死亡とは、尋常ではないことです。早速、Hちゃん宅へ伺い情報収集です。お父さんとお母さん、Hちゃんの3人暮らしで、小さな竹の家に住んでいました。色々とお話を聞き取りましたが、7人の子どもの死亡原因を特定することは難しく、ただ、栄養不足に関連した原因で、5歳に満たない前にみんな死亡しているのか???と推測するくらいしかできませんでした。

そして、現状としては、決まった収入はほとんどなく、食事はお米と塩と唐辛子。この数日は食事すらしていない。お母さんのおっぱいが出ないので、Hちゃんへの栄養は重湯を哺乳瓶に入れてあげているということでした。Hちゃんは、見た目ですぐにタンパク質不足の栄養失調だということが分かりましたし、体重3キロは年齢の平均よりかなり低体重です。感染症にもかかっていて心地が良くないのでしょう、常に泣いてばかりでした。

重症の栄養失調なので、病院で治療が必要となります。直ぐにLFHCへ搬送し、入院。感染症治療に合わせて、お母さんへの栄養補給をしながら搾乳指導と不足分の栄養を粉ミルクで補い経過観察。Hちゃんの体重はみるみる増加し、皮膚の色も艶もとても良くなってきました。あやすとにっこり笑うお顔は、最高にかわいい!退院も視野に入ってきたのですが、ここで考えなければいけないのが、退院後のHちゃんの生活です。現状のままでは、また重湯生活に戻ってしまい成長も止まってしまいます。家族が安定した収入を確保し、十分な食糧が確保されるようにならなければなりません。病院での治療は、Hちゃんの命を維持するほんの一部なのです。

そこで、他団体とも協力をして、退院後の食糧補給と定期的な身体測定と訪問看護によるフォローアップを計画しました。生きるすべを身に付けることも重要です。今のままでもできることがたくさんあるのですが、それに気が付かなければ何も生産されません。そのひとつとして、多才なLFHCのドライバーさんが干物の作り方を伝授!早速お母さんも作ってみました。さらに、Hちゃんのお父さんと、収入を安定させるためには何ができるのかということを話し合い、養鶏をやってみるということになりました。

しかし、喜んでばかりもいられません。これまでの経験から、実際に行動に移して収入を確保するに至るには、ここからの綿密なフォローアップが必要になってきます。あの時、郡病院からの紹介がなく、LFHCが介入していなければきっと、Hちゃんも命がなかったのではとみんなで話しています。これからが正念場。Hちゃんの今後も随時ご報告していきたいと思います。



最初の訪問時のHちゃん



退院後2週間で最初の訪問看護時―かわいい~!



汚れた哺乳瓶に重湯



多才なドライバーさんの凄腕!



お母さんも干物作りに挑戦!


LFHCへ Act Against AIDS “THE VARIETY”(※1)からの車の寄贈があり11月に届きました! サンプラザ中野くんさん(※2)は、11月にラオスの首都ビエンチャンにてコンサートを開催され、そのお仕事の合間にルアンパバーンまでお越しくださり、新車を実際に見ていただきました。

やっと始動したアウトリーチの活動ですが、さらにたくさんの地方へ活動を広めることが可能になりました。悪路山道は、距離に関わらず時間がかかります。使い込むこと間違いなしのこの車に、すでに愛着が湧いてきました。ちなみに“THE VARIETY” からは、これまでにも入院病棟とアウトリーチオフィスの建築費と必要器具、家具等、病院設立には欠かせない部分のご支援をいただいています。ありがとうございます。このご支援を無駄にしないよう、日々精進いたします!


サンプラザ中野くんさんと記念撮影!


※1
Act Against AIDS “THE VARIETY”:岸谷五朗さんの呼びかけで1993 年に代々木体育館でスタートしたAAA コンサート「ザ・バラエティ」。以降、12 月1 日世界エイズデーにミュージシャン・俳優・お笑いのジャンルを越えた豪華キャストが年に一度、東京・日本武道館に集まり、一日限りのエンターテインメントショーをお届けし続けています。「ラオスへの支援を通じてAIDS という病気をなくすため情報を発信していきたい」という岸谷さん・寺脇康文さんの呼びかけに毎年多くのミュージシャン・役者など多くのアーティストが賛同し、エンターテインメント性の高い内容と、ジャンルを越えた才能が集結する12 月1 日の日本武道館。世界エイズデーに改めてAIDS についての関心をお持ちいただくとともに、素晴らしいエンターテインメントショーをお届けしています。2015年、23回目の開催を迎えました。

※2
サンプラザ中野くん:1993 年の第1回目よりAAA コンサート「ザ・バラエティ」に参加、以降毎年パッパラー河合さんとともに「ザ・バラエティ」のステージ上からAIDS啓発のメッセージとラオスへの支援を呼びかけている。


中野さんのビエンチャンライブにご協力くださったという学校法人上田煌桜学園さくら国際高等学校のみなさんがビエンチャン近郊の村のために日本から持参したボール、シールなどなどをおすそ分けしてくださいました。中野さんがそれを飛行機で運んでくださったので、早速記念撮影です。同じラオス支援の横の繋がりはとても力強いです。『一人ではできなくても、みんなならできる!』不可能を可能にする、そんな力を感じます。院長とも会っていただき、ちょっと雑談。お忙しい中、飛行機で来ていただいた上に1日当院でお時間を費やしていただいたこと、心より感謝いたします! まだ是非お越しください。そして次回は、悪路山道をあのお車でお連れいたします~!



Cheri院長(右)もご挨拶に



ボールやシールをたくさん!


前回の出来事でご紹介が漏れてしまいましたが、LFHCの病院建築でカンファレンスルーム建築費+家具等をご支援いただいた天野医師。10月のルアンパバーン・チャリティハーフマラソンに参加され、LFHC訪問もしてくださったので、ご支援いただいたお部屋の前で1枚いただきました!

カンファレンスルームとして設計されたのですが、使い始めると色々と不都合も発生し、現在は管財課のオフィスになっています。当初の予定と変わってしまい大変恐縮してしまうのですが、「使いやすいように使ってください」と快くご了解をいただき、感謝です。

天野さん、マラソン前日にルアンパバーン入りし病院見学、翌早朝にハーフマラソン完走後、夕方日本へ戻られるという、スーパー弾丸来ラオスでした。お忙しい合間にお越しくださったこと、心より感謝いたします。次回はもう少しゆっくりしていただき、アウトリーチ活動も見ていただきたいです。またのお越しを楽しみにしております!


1泊2日の弾丸来ラオスの天野医師


今回のラオスあれこれ情報は結婚式。LFHCスタッフがこの度、めでたく結婚です。サイハー医師です。モン族のしきたりに則った結婚式だそうですよ。いつも院内で真剣にお勉強しているか、患者さんと向き合っている姿しか見たことがないので、旦那さんに心を預けているようなホッとした表情のサイハーは、また違った魅力がありますね。とても幸せそうでした。末永くお幸せにね。


きれいですね~(写真がイマイチで申し訳ございません!)


ここからは、追記です。フレンズ・ウィズアウト・ア・ボーダーJAPANはミャンマーでの活動も少額ですが支援をしています。今回、プロジェクト評価と今後のプランニングのために現地入りしてきました。国内は選挙直後で国民の“前進あるのみ”というような期待に満ちた士気を感じました。今後が楽しみな国ですね。


お母さんたちへ栄養の健康教育中



腕の周囲で栄養状態をチェック



身体の発育だけではなく、身体能力、社会性の発達の健康教育も!



なんてかわゆいのでしょうね~



終わった後にみんなで記念撮影です



スーチーさん圧勝直後。国民の期待を実感



2015年最後の『出来事』は年内にと思っていたのですが、1か月も遅れてしまいました。新鮮味に欠けてしまい申し訳ありません。2016年は、手術室のオープンや外国人スタッフの任期満了に伴う交代などお知らせすることがたくさんありそうな予感です。そういったニュースをタイムリーにお届けできるよう努力いたします。今年も引き続き、皆さんのご支援を無駄にせぬよう頑張りますので、よろしくお願いいたします。


  フレンズ・ウィズアウト・ア・ボーダーJAPAN 副代表
  ラオ・フレンズ小児病院 看護師               赤尾 和美


このページの先頭へ