2016年 1月 & 2月

2016年最初の出来事はアニバーサリー特集です。ラオ・フレンズ小児病院(LFHC) は1周年!アンコール小児病院(AHC) は17周年でした!まずは、LFHCの1周年記念式典の様子からです。



LFHC院長 シュリー・ニッセン‐ジョーダン医師



ルアンパバーン県保健局局長 アンポン医師



フレンズ創設者 井津建郎



ラオス保健省 ブンコン・シハボン副大臣


たった1年前にラオ・フレンズ小児病院はオープンしました。たった1年前なんです。なのに、とてもたくさんの“出来事”がありました。たくさんのことがありすぎて、この1年はアッという間なのに、10年くらいにも感じる日々でした。みんながそれぞれこの1年を感じながらの式典でした。ここまでに至るにはたくさんの方々のご尽力あってこそです。そういう方々からスピーチをいただいている時間に、やっとこの1年をゆっくりと振り返ることができました。

院長のシュリーはラオス語と英語でこの激動ともいえる1年を振り返り、そのメッセージが心に沁み込みました。ルアンパバーン県保健局長のアンポン医師のご理解とご協力がなければ、このプロジェクトは始めることさえできなかったのですよね。創設者・井津建郎氏からの、スタッフへの頑張りに感謝する言葉はローカルスタッフには嬉しかったようです。そして、ラオスの保健省副大臣からの「LFHCがこの国の医療を担っていくであろう」というお言葉には、全員が決意を新たにしたようです。

ここでシュリー院長の写真をもう一枚!
式典のあった日の夜、スタッフみんなでディナーをしました。その時に、シュリー院長が、この1年のみんなの頑張りへの感謝とともに、唯一無二の存在となるためにLFHCはこれからも日々努力していくことが必要なんだということを力強く語りました。この写真がその強い気持ちをとっても表現しているなと思い、重複しましたが2枚の写真の掲載となりました。

この時のスタッフの表情も『これからが新たな出発だ』というキリッとした、とてもいいお顔でした(見とれてしまい写真なくて申し訳ございません)。



スピーチに引き続き、ご来賓の皆様を院内にご案内しました。そして、院内で働く者だけのお祝いの日ではなく、健康への意識向上のために何かできないかと考え、『ヘルスカーニバル』として、小さなイベントを開催しました。健康であること、健康を維持することを伝えられるような催しになったと思います。

イベントではLFHCのマスコットキャラクターであるジャイディー(優しい、温かい心というような意味)が、子どもたちと一緒に遊んでくれたり写真を撮ってくれたりしてくれて……大喜び!を予想していたのに、子どもたちは大泣き!(笑)その代わりに、保健局長のアンポンさんは大喜び!これも笑っちゃいました。

そして、夢壊す1枚を!ジャイディーの中には、アドミニストレーション(総務)のディレクターであるロドニーが入っていたのでした~!ふふふ。



ジャイディー!



アンポン保健局長とジャイディー



夢壊す1枚!


1年を迎え、立ち上げに関わってきたスタッフも入れ替えの季節となりました。 アドミニストレーションのディレクターさんは、ジャイディーに扮したロドニー(右)から2メートルを超す大物!フロー(左)へ。 そして、看護部長さんが、ジェス(左)からベッキー(右)へ。 時の流れを感じちゃいますね。 いつまでもいるのは自分だけだ……と実感したこの数か月でございます。


前看護部長ジェス(左)と新看護部長ベッキー(右)



前アドミニ部長ロドニー(右)と新アドミニ部長フロー(左)


健康ブース担当は、健康教育ならお手の物の我がアウトリーチスタッフが担当となりました。 栄養のパンフレットやポスターに併せて、栄養満点のおじやのお料理教室です! この日ばかりは、医師も看護師もみんなコックさん!



ポスターを張るメインテナンススタッフのケック



野菜と格闘中のドーケオ医師



かぼちゃを刻むシヴィエンサム看護師


式典の日はとっても寒い日でした。体感温度が3℃と出ていましたからね。ラオス人スタッフたちも「こんな寒いのは初めて」と言っていたくらいですから、よほどです。ルアンパバーンより北部では降雪も観測され、後日行った訪問看護の地域ではバナナの木が全滅していました(これは後日詳細をお知らせいたしますね)。 そんな寒い日でしたので、このおじやが大盛況!お肉、お豆腐、緑野菜、カボチャ、ニンジン、卵が入った栄養満点おじやは、離乳が遅れがちなこの国では、簡単かつ栄養バランスが取れた離乳食として国が推奨しています。 大きなお鍋でたくさん作ったので余ってしまうかも、という心配も不要でした。何度もお代わりに来てくれて、すっかりなくなりましたよ。 美味しいなと思ってくれて、家でも作ってみようと、行動に移してくれるといいのですけどね。



アツアツおじや!



炊き出しおばさん



「おいし~!」ってかわいい笑顔は嬉しいな


さて、ここからはアンコール小児病院の17周年記念のお話しです。 17年ですって!びっくりです。確かに私自身その場にいたのですから嘘偽りなく17年なのですが、なんと早い年月でしょう。記念パーティーの入り口では、17年前の新人さんたちがお出迎えをしてくれました。17年前の今だから笑えるハプニングやら、楽しかった思い出が次々に頭の中を駆け巡りました。一人として、思い出に残っていないスタッフはいないですものね。 17年の積み重ねが今日に至るという時の流れを、不思議に感じずにはいられないですね。彼らの10年後は、どうなってるんだろうな。これまた楽しみです。


立派になったなぁ~。しみじみ……


印象に残るスピーチはたくさんありますが、やはり、AHCの建築が始まる前からご支援いただいている蒲池医師のスピーチは、ことさら心に残りました。 「カンボジア人自身がカンボジア人のためのカンボジアの病院を作る」ということのために、陰ながら応援し続けてくださっていること、スタッフ一同感謝の気持ちでいっぱいです。 AHCは自立を果たしましたが、多くの支援者のみなさんとの心の絆は、決して途切れることはないことでしょう。


蒲池真澄医師のスピーチ


AHC3代目の院長であったジョン・モーガン氏からのスピーチも印象的でした。実は、筆者(赤尾和美)は、ジョン氏に誘われカンボジアへ来たことから、今に至っているのです。ジョン氏は、当初看護部長としてAHCに関わり始めました。そして、この17年間でも一番大変な過渡期に院長として、一意専心で取り組んだ姿を見ていましたので、彼の言葉は一言一言が心に響くスピーチでした。 こうした一人ひとりの思いと力が、大きな目標を達成することになったのですね。


AHC3代目院長のジョン・モーガン氏


この式典でたくさんの懐かしい顔に出会え、その成長ぶりを見られたことは感慨深いものでしたが、ソムナン君はその中でも一番!ソムナン君、覚えていらっしゃるでしょうか?HIVに感染していて、ご両親を亡くし、弟2人と主に孤児院で育ちました。AHCにはHIV感染症の子が他の感染症の子と一緒に抱えている問題を話し合ったり、薬の飲み方の工夫を話し合ったりする『ピアエデュケーター(仲間による教育者)』という活動をしていました。ソムナン君はその初代リーダーとして、学校が終わるとAHCへ来てボランティアをしていたのです。この左の写真は10年以上前の写真かな。

AHCでボランティアをしてそろそろ進路も考えないといけないかと尋ねると、迷う風もなく、「看護師になりたい」と言ったのですよ!いやいや、その時のうれしさと言ったら、無かったです。今思い出してもウルウルしてしまいます。

しかし、孤児院では、一人にたくさんのお金を費やすことができないという当時の事情があり、何度か話し合いを重ね、支援金を募る活動をすること決めました。その大きな力になってくださったのが、先に掲載した蒲池真澄医師が抱える看護学校の先生方でした。孤児院と支援グループのみなさんのおかげで、このたび3年の看護学校を卒業することができました。今では、AHCでパートタイムの看護師として働いています!支援者のみなさんへは毎月必ず学校での状況を報告して送るように言ってあり、きちんと報告していました(あ、時々私の転送が遅くなっておりましたが……申し訳ありません!)。

この紙面をお借りして、ここまでご支援してくださった皆様へ心からの感謝の気持ちをお伝えいたします。 嬉しい……またウルウルです。


昔からなかなかのイケメンでしたよ!



いつの間にかこんなに大きくなっちゃって!


2016年が始まりました。外国人スタッフの入れ替わりなどもあり、新体制で迎えた2年目は、初年度の激動の日々から定着への変換時期になるのかなと思います。新しいことが日々起こることは確実ですが、そのひとつひとつを集結して、まとめながらの発展期にしたいと思います。目指すところはひとつです。そこへ向かって今年もGO! 皆様からのこんなこと知りたい、これどうなってるの?というようなご質問にもお答えできるような『出来事』にしていきたいと思っております。ご協力のほどよろしくお願いいたします。


  フレンズ・ウィズアウト・ア・ボーダーJAPAN 副代表
  ラオ・フレンズ小児病院 看護師               赤尾 和美


このページの先頭へ