2016年 5月 & 6月

本格的な雨季に入って最初の『出来事』です。マネージメントメンバーの新旧交代、手術室や新生児室オープンへ向けての話題を中心にお伝えいたします。

ラオ・フレンズ小児病院(LFHC)のマネージメントメンバーは、開院当初から外国人で構成されています。最初の激動の1年を立ち上げたメンバーはその契約を終了し、それぞれ次のミッションへ旅立ってゆきました。変わって2年目からのメンバーが今年に入り次々と着任し、新しい体制で第2ステップを固めつつあります。1年目は施設とシステムの土台を作ることに力を注ぎましたが、2年目からは加えて、スタッフの教育への重心を大きくしようと、教育部長のポジションを新たに追加しました。まずは、新メンバーがお互いに理解し合い、尊重し合えるような絆を構築しながら発進です。古株は私一人となり、なぜかみんな背が高く埋もれていますが、根っこが生えるまで(もう生えてる?)、頑張るつもりです(このメンバーにもう一人、現在帰国中のグレッグ医療部長がおります)。



左からサイモン院長、クリスティン教育部長、アウトリーチ部長(筆者)、
フロー総務部長、ベッキー看護部長、マイケル広報・開発部長


新生児室が近々オープン予定です。設計の段階では、救急と集中治療室と同じ部署に設置予定でしたが、蓋を開けてみると患者数も多く、手狭であることや感染管理を考慮して、医療器械の倉庫として作った部屋を新生児室にすることにしました。器械を保管する場所として作られたので色々な付属品もついていないため、そのままお部屋を使えます。現在まだ準備中で、新生児用のベッドを置いたり、棚を付けたりと準備を進めています。準備が整えば、8名の新生児を受け入れることが可能となります。現在、一般の入院病棟に新生児も入っていますので、スタッフの教育はベッドサイドでも並行して行っています。ほわほわの新生児がここに並ぶことになるのですね。最上のケアを提供できるようにしたいです(写真下)。新生児が入院するようになると、お母さんが授乳するお部屋が必要になり、新生児室の前の廊下にその場所を作りました(写真下)。



器械倉庫が新生児室へ



廊下の一部を囲って授乳室に。
ゆったりと授乳できるよう座りやすい椅子も準備しています。


手術室のオープンも1か月後に予定しています。これは今年の一大イベントです。準備も、それはそれは大変。麻酔科専門ナース養成のトレーニングのためアンコール小児病院(AHC)へスタッフを送っていましたが、その研修も終わり先日帰国してきました。7か月、頑張りましたね(写真下)。そして、これから具体的な準備に取り掛かるため、それぞれの専門家が順次到着予定です。AHCの麻酔科専門ナースであるMr. ブンルンもその中の一人。彼は、AHC開院当初からのベテラン。両院に関わっている筆者としては嬉しいです。ブンルンはタイ語が流暢なので、ラオス人スタッフとのコミュニケーションもとてもスムーズ。10日間の滞在で、麻酔器関連のチェックをしてくれるそうです(写真下)。

もちろんスタッフ教育も同時進行です。これからは特に、明けても暮れても手術関連の教育に集中!今朝のクラスでは、『手術後に誰がどんな役割を担っているのか?』という内容でレクチャーし、ドクターだけに責任があるのではないこと、院内みんなが関わっているということを認識してもらいました。スタッフの気持ちも段々盛り上がってきています!



AHCで研修時のクーリー看護師



AHCから昨日到着したブンルン麻酔専門看護師とLFHCのクーリー看護師



術後に誰が何をしますか?・・・というレクチャーをグループワークで楽しくやりました!



『ラオスで清潔で安全な手術室を作りたい!』とスローガンを掲げHEPAフィルター購入資金調達に挑戦したクラウドファンディングでは、目標を達成!インストールを待つばかりです!
https://readyfor.jp/projects/LFHC_OT/comments
引き続き第2ゴールを目指して挑戦中ですので、上記サイトをご参照ください。初めての手術の日も、もうすぐそこです!

新生児室や手術室のように全く新しい動きもあれば、これまでの活動の見直しとして新たな試みの開始もあります。そのひとつは、訪問看護の活動を院内スタッフにより深く認識してもらい、継続医療を定着させるということです。アウトリーチの活動は、院内にいた患者さんをフォローアップすることがメインですが、ラオスではこのような医療サービスが存在しないために、イマイチ連携がうまく取れていないのが実情でした。そこで、毎週月曜日に朝一のミーティングを設定し、入院している患者さんの退院計画を予測し、訪問看護でフォローすべき患者さんを全てのスタッフが把握する話し合いをしています。退院後はどうなってしまったか分からない、というような一時的な医療で終わらないように、認識が深まることを期待しています。



各部署のスタッフが集まって、1ケースごとにディスカッションです。
月曜の朝、キリリとした気分になりますね。


6月には日本から2組のツアーグループの皆さんがラオスへお越しくださいました。1組目は、LFHCへピックアップトラックのご寄贈にご協力をいただいた大宮西ロータリークラブの皆さんです。8名のお若いメンバーが、「暑い~」とばてながらも村へ行き、活動の一部をご覧いただきました。まずは、車両へステッカーを貼る作業から開始しました。これだけでもびっしょり汗だくになってしまい、恐縮してしまいました。村では、更に気温が上がり、皆さんぐったり。そして、昼食は僭越ながら日頃の私たちと同様にピクニック状態でローカル食をたっぷり食していただきました。「美味しい!」と言っていただけて、ホッといたしました。日本からの方には暑さや環境が楽ではない中、現場を見ていただけたこと、そして引き続きご支援をお約束して下さったことに心から感謝いたします。(もう嫌だ!と言われるかもしれませんが・・・)またお待ちしております!



汗だくでステッカーを貼ること1時間!ご苦労様でした。



みんなで食べるご飯は美味しいですね!・・・と思っていただけたかしら??


2組目のツアーは、今年フレンズ・ウィズアウト・ア・ボーダーJAPAN設立20周年を記念して企画した『フレンズJAPAN設立20周年を記念した4泊6日のツアー』の皆さんです。フレンズのこれまでの軌跡をたどる旅でした。最初の活動地カンボジアではAHCへ、ラオスではLFHCの訪問が組み込まれていました。カンボジアではAHCスタッフが頑張ってくれたようで一安心。ラオスでは私自身が活動のお話をしたり、お食事や観光へも同行させていただき、とても楽しい時間を過ごすことができました。参加された方の中には、長期サポーターだけど現地を訪れるのは初めて、という方もいらっしゃいました。私の帰国時には報告会もしていますが、この気温、臭い、音・・・という中での活動を見ていただけたことは、とても嬉しいことでした。また日本でもお会いできたら嬉しいです!



LFHC入り口前で記念写真です。



クアンシーの滝の前で1枚!


私のブログでもこのお話は取り上げたのですが、やはり多くの方々に知っていただきたく、ここでもまた掲載しちゃいます!フレンズの活動の大前提は『Compassionate care』、心のこもったケアを提供すること。全ての子どもを自分の子どもとして看る(診る)ということ。これはフレンズ始まって以来、揺るぎないことなのです。それを現地に根付かせるために私たち外国人は存在しているわけです。

訪問看護の帰路、険しい山道での出来事でした。腰が曲がったお爺ちゃんがドングというお米をより分けるために使うザルのようなものを5〜6枚肩から下げて歩いてきました。「あ!」と思った瞬間に、既にスタッフが車を停車させ下車。お爺ちゃんに事情を聴いていました。そのお爺ちゃんは喉に傷があり発声することができなく、返答もあいまいでしたが、それでも身振り手振りでコミュニケーションを取り、自分で作ったドングをずーっと歩いて売っているのだということと、1枚5000キップ(60円くらいかな)だということが分かりました。

「どうせいるものだから」とすぐに値段を確認し、みんな1枚ずつ購入することにしました。「手も不自由だから作るのも大変だったはず。僕はできるだけこういう人から物を買いたいと思ってる」と言っていたスタッフに、Compassionate careを見た!全部買ってあげちゃうとか、高い金額で購入してあげちゃうとかいうような大げさなことではなく、自分のできる範囲でできることをする。基本だなと思いました。残りのドングをまとめてあげて、「じゃ、頑張ってね」と見送り、その後ろ姿を見送りながら、LFHCの目指す心が少しずつ芽生えていることに密かにガッツポーズをした瞬間でした。



ドングというもので、お米を回しながら不純物を排除していく道具です。



ちゃんとほどいたものを結んで持ちやすいように!



お爺ちゃん、一度振り返ってにっこりとしてくれました。



今年も半分が終わりました。「アッという間です」という言葉を既に何度も言っているな・・・と思うのですが、やはりアッという間です。次回の出来事は、手術室の話題でいっぱいなはずです。今、挑戦中のクラウドファンディングは第1ゴールを達成し、第2ゴールを目指していますが、そのご報告もできると思います。その頃には雨季も真っ只中です。また嬉しい新しい発見がありそうな予感がします。


  フレンズ・ウィズアウト・ア・ボーダーJAPAN 代表
  ラオ・フレンズ小児病院 看護師               赤尾 和美


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