2017年 5月 & 6月

今年もアッという間に半分が終わってしまいました。ラオスの雨季が本格化してきたこの2か月、色々なことを考えるチャンスに出会いました。村で出会ったサラセミアの兄弟や重症な肺炎で来た女の子。“命”を考えました。5月の一時帰国中には、アンコール小児病院のスタッフに日本で再会し、ノスタルジックな気分にもなりました。そして、17年続いているヘアカットボランティアさんの話題もお届けいたします。


退院の日、ご両親とともに記念撮影です!


まずは、ミラクルガールのお話です!10歳のCちゃんは、ルアンパバーンから200キロ離れた村から運ばれてきました。とても重症な呼吸器の感染症と思われ、すぐに治療を開始しましたが、肺が十分機能していないために血液中の酸素濃度は低く、なかなか上がりません。あがくような呼吸が続き、スタッフも治療方針に苦戦していました。

治療を開始して2日目、まだ状況は改善されていなかったのですが、お父さんから「もう村へ連れて帰りたい。村で伝統の儀式をしたい」と申し出がありました。しかし、村へ帰るためにはお隣の県立病院から救急車を出してもらわねばならず、費用が1580,000キップ(約2万円)かかります。Cちゃん家族にはそのお金がなかったので、ラオ・フレンズ小児病院(LFHC)に費用を出してほしいと依頼されました。

LFHCでは、家庭の経済状況によっては交通費の負担を行いますし、Cちゃん家族の経済状況ならばお手伝いしてあげたいと思いました。ただ、その時のCちゃんの健康状態では200キロ離れた村にたどり着く前に息絶えてしまうことは明らかで、交通費を出してあげることには抵抗がありました。 苦しそうなCちゃんを見続けるのは、ご家族にとってはとても辛いことです。なので、気持ちはとてもよく分かります。でも、病院としては、まだ治療・回復の余地はあると見込んでいたので、このまま帰してしまうのはとても心残りです。そこで、お父さんと個別に長い相談をしました。まだ治療の余地ありということや帰る途中でもっと悪化してしまうだろうということも説明しましたが、どうしても帰りたいというご家族の意思は固く、変わりませんでした。

そこで、私たちから一つだけお願いをしました。「すでに夕刻になっていて、この時間から舗装されていない山道を帰るのはとても危険(実際に私が前日そのあたりを走り、かなりぬかるんでいたのを知っていました)。 せめて明日の朝まで待ってもらいたい。せっかく儀式をするために帰るのに、途中で事故に遭ってしまってはそれもできなくなってしまう。明日の朝、車輌の手配もお手伝いするから」と。ご両親はそれには納得してくれて、朝まで待つことになりました。 そして翌朝。Cちゃんが気がかりな私は、いつもより早く病院へ。すると、私の顔を見たスタッフがにっこりと笑って、「良くなってるよ!Cちゃん!」と報告してくれました!「え~!」と信じられない気持ちでCちゃんを見に行くと、ホント!!はっきりと目を開けて、まだ少し呼吸は浅くて速いけど、すごく良くなってる!!ばんざ~い!

Cちゃんはそこからはみるみる回復し、1週間後には退院することになりました。自宅へ戻る前に記念撮影をしたのが上の写真です。 あの時、帰さなくて良かった!ご両親に救急車を手配するお金があったら今頃Cちゃんはいないかもしれない、と考えると、運命を感じますね。Cちゃんは生きるべくして生き延びることができたんだなと思います。本当に良かった!!


家庭の事情・村のサポート

よく「訪問看護へ行く患者さんは、どうやって決めているのですか?」という質問を受けます。答えは、「基本的には、LFHCで受診したことがあり、家庭での継続フォローアップが必要であるとみなされた患者さん」ということになります。多くが慢性的な疾患を持っていたり、家庭の環境が疾患につながっていると思われる子供たちです。でも時に、お目当ての患者さんの家へ行った際、「あれれ?この子も訪問看護が必要じゃないの~」という場面に出くわすこともあります。

先週も、ルアンパバーンから2時間ほどの村で、ある患者さんを訪問していた時のこと。村人たちがいっぱい集まって来た中に、7〜8歳くらいと見られる脳性麻痺の女の子Bちゃんを見つけました。ご家族にお話を聞こうと思ったのですが、Bちゃんはいつも一人でお留守番なのだそうです。麻痺と言っても自分で歩くことは可能で、会話ができないことと、理解力の判断がつかないのが心配でした。そして、とっても痩せているので、お留守番中の食事が気になります。

村人がBちゃんの家へ案内してくれました。お部屋の隅にはBちゃん用の1日のご飯が作られてあり、お皿をのぞくとちゃんと食べた形跡もある。重要な蛋白源、カエルの炒め物です。夕食用の焼きカエル(写真下)も良かった。でも、Bちゃんの栄養状態は改善の必要があります。今度ご両親とお話する機会を持ちましょう。

日中、農作業で多くの大人が不在になるため、残ったお年寄りが村のお世話役になったり、残っている子供たちも、お互いにお世話をし合う共同生活のサポートシステムができているのです。それぞれの家庭の事情をカバーし合う素敵なシステム。ただ、この素敵なシステムも改善する余地はありそうです。患者さんを取り巻く環境は、健康状態の維持・改善には欠かせません。これからの課題ですね。



お部屋の隅に準備されたご飯



ちゃんと食べた形跡があったカエルの炒め物



夕食用の焼カエル


サラセミア(地中海貧血)って知っていますか? という記事を前回のこの紙面で書きました。現在、クラウドファンディング「Readyfor」(https://readyfor.jp/projects/LFHC-thalassemia) でサラセミアの子供たちのためのファンドレイジングに挑戦中ですが、再度ここで、病気のことをご説明したいと思います。サラセミアは遺伝性の血液疾患で、赤血球(ヘモグロビン)に異常をきたすことにより貧血症状を起こす慢性的な疾患です。日本では稀ですが、近年は増えてきているとのこと。アフリカや東南アジアでその発症頻度が高く、LFHCでも頻繁にサラセミアの子供たちが来院、入院しています。


お兄ちゃんに十分な治療を提供できる日が1日でも早く来ますように!


先日ある村で、治療を受けていないサラセミアと思われる兄弟君たちに出会いました。そのことを上記のクラウドファンディングのサイトへも進捗記事として投稿しましたので、一部を編集・抜粋掲載させていただきます。 村に到着すると子供たちが続々とやって来て列をなします。・・・ん?その列の中に、顔色の悪い子(Kチャン)が座ってる。光の加減かな?と思いましたが、隣にいる子と比べてもやっぱり違う。気になるので、お母さんに尋ねてみることにしました。

最初はにこやかだったお母さんですが、「Kちゃんの顔色が良くないけど・・・」と言うと、いきなり表情が曇ってしまいました。農村地域では街から来た人に対してモジモジしてしまうことがありますが、それとも違う様子。質問に対しての回答もイマイチ要領が得ない。そして分かったのが、Kちゃんのお兄ちゃんも貧血らしいこと。お兄ちゃんに会ってみると、かなりの貧血で、脾臓も大きくなっていました。 この状況はどう考えてもサラセミア。偶然に来たこの村で、偶然に見つけたKちゃんとお兄ちゃんに、「ラッキーだったねぇ。病院へ行きましょう!」と声をかけると、お母さんは明らかに不快な表情で「行かない」と言いました。全く予期しない返答に言葉が詰まりました。「解せないな・・・」と思い、村人をよ~く把握している村長さんにお話を聞くと、わかったのは経済的問題である可能性。

Kちゃんのお兄ちゃんは7~8年前に1度、病院で輸血を受けたことがあるそうです。でも、それ1回だけ。病院への交通費+診察+輸血の費用は払いきれないほど大きな負担になります。しかも、サラセミアの輸血や治療は一生続くのです。ラオスでは輸血1パックは約1,000円。その1,000円が無ければ輸血はできません。月収が1万円に満たない人々がたくさんいるラオスにおいて、数か月に1度、いえ、毎月かかるかもしれない1,000円はとてつもない大きな金額です。そして、一家に2人もサラセミアの子がいるということが、どれだけの負担になることか。

『病院へは行かない』という予期しなかったお母さんに対して、なんとなく予想したのは、「(サラセミアのことは)知らないでいたい・・・」ってことなのかな、と。愛する子供が病気で苦しんでいるのはもちろん辛いはず。だけど、知ったところでどうにもできない。なら知らない方がいい・・・と? この家族との関わりは始まったばかり。真意はわからないけれど、何かできるはずです。お母さんが笑顔で病院へ来られるよう、少しの望みをかけて病院の電話番号を渡し、私たちも村長さんの電話番号をもらい、連絡を取り合うことから始めることにしました。 病気と分かっていても、望む治療が受けられない状況がある子供たちはたくさんいるのだろうと再認識した日でした。お兄ちゃんはご両親の気持ちを察しているのか、自分の体調のことを話したがりませんでした。そんなお兄ちゃんの背中を思い出しながらの悪路は、Kちゃん一家の医療への距離を改めて感じる時間でした。



どんな場所でもはさみとバリカンさえあれば美容室!



「きれいなお姉さんになるんです~」って嬉しそう!


今年も来てくださいました!ヘアカットボランティア:ヘアーデザイナー・ウィズアウト・ア・ボーダーのみなさんです。 カンボジア時代の2000年から毎年、今年で18回目の活動です。毎年、悪路を車で数時間も行くような村へ、はさみとバリカンを持ってどこへでも行って、どこでも美容室開店です。

子供たちも待ち焦がれているので、到着後にはアッという間に列ができます。楽しみにしているのは子供たちばかりではなく、お父さん、お母さん、そして、お爺ちゃんやお婆ちゃんも一緒に並んでワクワク顔です。カットの後には、「いいじゃないか~」「きれいになったわ~」とみんなから言われて、恥ずかしそうにしながらも満足そうです。 カット待ち中は、日本からの折り紙や、けん玉、サッカーボールで一緒に遊び、一気に距離が近づきます。みんな「来年はいつ?」と、すでに来年を楽しみにしていますよ。みなさん!また来年もよろしくお願いいたしますね!



いい笑顔ですね!


5月27日、28日は、代々木公園で『ラオスフェスティバル』が開催されました。以前は2年に1度の開催でしたが、近年、毎年開催されるようになっています。私の一時帰国とはなかなか重なることがなく、とても残念だったのですが、今年は急な仕事のために日本滞在が延びて参加できました! 写真は上から、フレンズのブース、真ん中がラオス人によるラオスの舞踏と音楽のパレード、右は大繁盛のビアラオ販売風景!お天気にも恵まれ、ビールも飛ぶように売れていました(私どももお仕事終了時に一杯キューっと!笑)。 ブースでは、毎年ボランティアさんが大活躍してくださっています。ボランティアさんに日々感謝です。たくさんの方にお立ち寄りいただき、ここでの出会いが、後に素敵なコネクションへとつながることが多々あります。来年も、みなさんお越しくださいね!








思いがけずに長引いた日本で、うれしい再会もありました。アンコール小児病院のIT担当スタッフ/ソピアリーが、支援者の方のご招待を受け来日し、IT関連のエキシビジョンに参加したのです。 せっかく日本国内にいるのだからと、そのご支援者の計らいで、短い時間でしたがフレンズスタッフと会える時間を作ってくださいました。上野駅で待ち合わせをして、思わず「お~!!」とハグです。(笑)

上野駅でソピアリーに会えるなんてとっても不思議な気分でしたが、「20年前には海外へ行くことすら想像できなかったけど、世界へ羽ばたけるようになったんだなぁ」と感慨無量。初来日にもかかわらず堂々としたソピアリーに、改めて彼らの頑張りを感じました。どこに出しても恥ずかしくない!これからもがんばれ~!お母さんはいつまでも応援しているからね!・・・っていう気分です。





訪問看護の道々では発見がいっぱいです!
下の写真は、村の中に立っていたロンガンの木(リュウガンともいうようです)。枝が「重たいよ~」と言っているようにしだれ下がっていて、美味しそう!日本にはあったかな?ライチのように一房に果実がいっぱいなっていますが、酸味はなくほんのり甘い。 我が家では、プルメリアが満開です!プルメリアは、まだきれいなうちに次々と花が落ちるんです。お掃除が大変だけど、ロンガンといい、プルメリアといい季節感を感じます。 最近、日本の四季がなくなっていているように感じるので、こういう季節感のあるものを見るとうれしくなりますね。




上の写真だけでは分かりにくいと、たった今購入してきました!






あれよあれよと言う間に、もう1年の半分が終わりました。早いですね。この半年も、今振り返って見ると、気がつかないうちに少しずつの前進をしてきたことが実感されます。決して後退することはないのですね。残りの半年も、またさらなる前進です。一生前進し続けるということに、今さらながら気がつきました(かなり遅いですが・・・)。今後もLFHCの発展を見守っていただけますよう、よろしくお願いいたします。

  フレンズ・ウィズアウト・ア・ボーダーJAPAN 代表
  ラオ・フレンズ小児病院 看護師               赤尾 和美


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